「大阪市教育振興基本計画改訂(素案)」へのパブリック・コメント 応募意見
大阪市は2025年10月、「大阪市教育振興基本計画改訂(素案)」を発表し11月、パブリック・コメントを募集。1月28日に応募意見と市の考え方を発表しました。
「教育振興基本計画」は、政治が教育を直接支配する仕組み
教育振興基本計画は市長が策定し、議会で議決するという、政治が教育を直接支配する仕組みです。総合教育会議も市長が招集します。政治が教育に介入する仕組みは、橋下徹元大阪市長が「先行実施」し、第2次安倍内閣が2014年に改定した地方教育行政法(地方教育行政の組織と運営に関する法律)に基づいています。
計画は、ICTを活用した教育の推進、教育ビッグデータ活用、「総合的読解力」の名で「多読・速読」「スキル」重視の授業を押しつけるなど、教育内容への「不当な支配」を強行しています。一方、少人数学級は行わないなど教育条件の整備は拒否しています。
不登校が急増し、大阪市立中学生は4,917人(在籍比率9.61% 約1割)となっています。テスト漬けの競争教育により、息苦しい窮屈な学校になり、物価高騰で子どもの貧困も大変となっているなか、子ども教育環境を良くし、教職員の過
重労働を減らすために増員するなどを求めることが必要です。
大阪市をよくする会は、<概要版>を示してパブリック・コメントへの応募を呼
<概要版>から、子どもや学校現場の実態が見えてきます。
○宿題が多すぎる。子どもが忙しく、遊ぶ時間がない。遊ぶ場所が少ない。
○〝きゅうくつ〟になっている学校を〝ゆるい〟ゆとりのある学校にしてほしい。
○不登校の保護者として相談したいが、先生が忙しくて相談できない。
○スクールカウンセラーとなかなか相談できない。毎日学校にいてほしい。
○コロナ禍の「分散登校」で登校できた児童・生徒があったように、少人数学級を。
○子ども、保護者の貧困問題は大変な問題です。就学援助受給率が低下しています。申請しやすい制度にしてください。
○小学校体育館の空調を直ちに設置してください。(「防災・減災教育の推進」に関わって)
○統廃合で通学時間が長くなり、また大きな道路を横断、通行することにより危険箇所が増えています。通学の安全を守ってください。
○特別支援学級を減らさないでください。ゆきとどいた教育をしてください。
○市民から支持されている大阪市立幼稚園の民間移管方針は撤回してください。
○子どもに寄りそった先生の教育実践を「学習指導用違反」として攻撃するのはやめて下さい。(奈良教育大付属小学校での教育内容への介入の例)
○酷暑で子どもたちの遊びが制限されています。プールでの水泳指導もありません。子どもの成長にとって必要な活動がどんどん少なくなっていて心配です。何とかしてください。
○「まずい 食器に汚れ 油に虫混入」と報道された東住吉区の小学校給食。給食調理業務の民間委託の検証と「何でも民間」は見直すべきです。アレルギー対応や不登校の子どもに給食代を支給してほしいです。
○スマホを渡すのは高校に入ってから、必要になってからと考えていたのに、コロナでタブレットを渡され、タブレット中毒になってしまった。「なんてことしてくれたんだ」と言った保護者もいます。
○子どもテストの成績を「データ」として扱うのを止めて下さい。子どもはデータ(数字)ではありません。人間として扱ってください。
○メディアでも「カリキュラム・オーバーロード」が指摘されています。子どもたちは頑張っています。学力水準は世界的に高いと言われています。これ以上、子どもたちを追いつめないで下さい。
○小規模校では子どもたちにゆきとどいた教育が行われています。保護者、地域住民にも支持されています。「小規模校のデメリット」に教育学的根拠はありません。「学力」も高く、大規模校でいじめや不登校が多いことが報告されています。偽りの、教育学的根拠のない理由で学校統廃合を強行するのはやめて下さい。
○大阪市中央図書館が「業務の停滞」を謝罪しました。民間委託をやめ正規の図書館司書を配置してください。文化を軽視する市政を改めてください。
○学校図書館に常勤・専任の司書を配置してください。
<応募意見から 主に不登校・学校統廃合の抜粋>
(9) 大阪市が、いじめや不登校が全国よりも多いという結果に、「なぜ?」と思われますか。仕事上たくさんの子どもたちと話す機会がありますが、「またテストやーいややー」「(小中一貫校)大きいお兄ちゃんが怖いから昼休み運動場でえへんねん」「給食おいしない、ただ食べてるだけや」と学校への不満を話す子が多く、おもわず「学校楽しい?」と聞くと「うーん」といった感じをうけます。社会全体が抑圧的になり、過疎な競争のもとで、子どもたちは、親・友だちとの関係、テストの結果など、いろんなことを気にしながら、気遣いながら生きているように思います。抑圧的心性は、ときに外へ(いじめ、校内暴力など)ときに内へ(不登校、自殺など)と向かいます。全国とは違う大阪の「根本的な原因は何でしょうか」貧困と格差の中で、大阪市でアンケートもとったので、子どもの貧困の視点を無視せず、子どもの現状や権利に対する事実認識をしっかりと持ち、専門的な知識を持った人(非正規ではない)を増やし、すべての学校に配置、子どもも保護者も気軽に寄り話せる場が必要と思います。基本計画にはその視点が欠けていると思います。
(16)学校に行けなくなった男子を持つ親です。自分から先生にどんどん話に行く子では無いですが、そんな子は沢山いると思います。小学校入学時、かなり頑張って通学したようです。「テストがあるから○○までにこれを覚える」という事が、かなり本人を縛って、学校がいやになったようです。1クラスをもっと少ない人数にしてください。10人の中に入るのも難しい状況になっています。せめて20人学級ならと思います。
(17 )安心安全な教育環境の実現 について。特に不登校児童生徒の状況について、ならびにその支援の観点から。分析がとても甘いように感じる。不登校がなぜ増えているのかという所の分析が見当たらない。文科省は、各家庭の考え方、多様な価値観というような言い方をするが、多様性という言葉を隠れ蓑に、公教育のあり方を反芻することを放棄しているようにみえる。この基本計画(素案)においても、「不登校が生じないような魅力ある学校づくり」とは書いているが、その要因についての分析に関する言及がない。なぜ「魅力がなくなっているのか」が問題ではないのか。なおかつ、その後すぐに「多様な学習機会の提供」とあり、これでは本質的なところから目を背けたままであろう。不登校児童生徒との交流の中で感じるのは、あまりに追い立てられるような授業に息切れしているということ。高学年には、度重なる学力テストのたびに、登校意欲を失う姿がある。日々で言えば、朝の会もなくなり、すき間を埋めるように「○○タイム」が増えていく。このことへのしんどさを訴える様子がある。事実、不登校が増えているという事実を真摯に受けとめ、「学校づくり」というような各校の努力に留まらない、大阪市の教育の改善を強く求める。加えて、各校でのサポートルームのような居場所の確保にはとても感謝している。ただ、気になる点が2点。①その部屋を担当する「教員」が居ないこと(外部企業への委託では事足りない)。②通常の登校へと急いで促そうとする様子人的配
置を十分に行った上で、不登校児童生徒自身が回復していく時間と安心感を十分に確保していただきたい。
(21)不登校問題を解決するための、積極的提案が見えません。保護者の声を聴く場を持ってください。教職員にもゆとりが必要です。少人数学級で実現を。専門性のある人員の配置とともに、学力だけでなく、心の回復を見据えた施設を、行政の責任で作ってください。問題行動や虐待などを逃さないためにも人員の大幅増と、大阪の子どもの貧困の状況の深刻さをしっかり把握してほしい。
(60) 最近、子どもから「中国からの転校生が増えてきた」と聞くことがあります。子どもが通う学校でも、海外からの転校生が多くなっているようです。そのような現状を踏まえると、先生方の負担も大きくなっていると思います。働き方改革の観点からも、1クラスの人数を減らすなど、子ども一人ひとりに丁寧に関われる環境づくりを進めてほしいです。しかし、今回の教育振興基本計画には、そのような教育行政の具体的な取り組みが見えにくいように感じます。
(87) こども達が学ぶことは楽しい、学校が楽しい、そんな教育に大阪市の学校教育はなっているのでしょうか? 競争主義(テストが中心)大阪は独自のテストが多く、その活用で子ども達も教職員も本来の学びの楽しさから遠く離れています。行政は学校の設備改善や少人数学級実現(市独自の)、教職員の働き方をよくするなどに力を入れるべきで、教育内容にかかわるようなテスト主義はやめて下さい。子ども達の心の不安が大きく、いじめや不登校にもつながります。競争主義で、子ども達はつらいものをかかえています。
(88) 子どものテストの成績を「データ」として扱うのを止めて下さい。子どもはデータ(数字)ではありません。人間として扱って下さい。
(89)児童のアンケート結果で、「勉強が難しい」がトップになっています。テスト漬けの教育施策が、子ども達をますます追いつめているのではないでしょうか。
(90)テスト・テストで高得点をとることが勉強の目的にならざるを得ない現実をどう考えたらよいのでしょうか?塾の前に若いお母さん方が低学年の子どもたちを迎えに来ているのをよく見ます。少人数、多くの教師(余裕のある)子どもたちがのびのび楽しく遊び勉強がわかるそんな教育行政を望みます。
(91) テストテストで子どもを追いつめるのは教育ではないと思います。学ぶ喜び、知らなかったことを知る、わからなかったことがわかる喜び 子どもたちはそういう学校で学ばせたいのです。
(92) 学び合う時間を増やし、テスト漬け教育をやめてほしい。
(93) 子ども達はテストテストでおいつめられていると思います。競争のための教育ではなく生きる力をつけるような教育をのぞみます。
(94) テスト漬けは止めてください。テストのための勉強になっています。基礎力が付いていません。憲法や政治の話しを出来る若者が、あまりいません。自分の権利を守るための労働者の権利も知っている人が少なくなっています。社会に出ていく子どもたちに必要な教育が足りていません。テストで点数を競うより自ら行動出来る、調べて考えていける教育をしてください。
(95) テスト漬けによる「試験不安」が世界各国と比較してもかなり高いという分析が出ています。同時に学習への動機づけは低くなっています。テスト漬けにより学習意欲が低下しています。(本田由紀『「日本ってどんな国?』から)
(96) テスト漬け教育を続ける宣言となっています。内容がありません。
(97) 社会性や自己肯定感については、全国平均に追いついているといいますが、不必要なテスト漬けで、子どもたちは追い詰められています。また、学力テストのデータ分析で自信を失い、結果不登校になる子どもたちも依然として多いです。先生がしっかりフォローする体制が整っていないのも問題だと感じます。先生を増やして、少人数学級にし、子どもたちとしっかり関われる環境を整えてください。
(98) 全国学力学習状況調査(「全国学力テスト」)における平均正答率の対全国比を全国平均以上とするとの目標を撤廃し、豊かな子どもたちの発達のため「全国学力テスト」の全員参加方式を止める。「全国学力テスト」やそれに関係する「学力経年調査」(小学校3年~6年)「チャレンジテスト」(中学校1年~3年)「すくすくウオッチ」(小学校5年~6年)の実施は、子どもたちをテスト漬けにし、点数競争に駆り立て子ども同士の競争をあおり人格をゆがめ、豊かな教育の目的を阻害するものであり、止めること。国連子どもの権利委員会最終所見日本43(別項)などで指摘され続けている「極度に競争的な教育制度」の改革の提言に、とりわけ大阪市は傾聴して改善を図ること。
43本委員会は、貴国における極度の競争的な教育制度及びそれが子どもの身体的及び精神的健康に与えている否定的な影響にかんがみ、条約3条・12条・29条および31条に照らし、過度なストレス及び学校嫌いを防止しかつそれを生み出す教育制度と戦うための適切な措置を取るよう、貴国に勧告する」
(141)統廃合をする上で、通学距離が長くなることが、低学年児童にはかなりの負担となっている。安全面もふまえ、配慮してほしい。
(148) 統廃合による小中学校 そういう意味で今、統廃合を進めるのは逆行していると思います。コロナ禍でも交代登校しなくて良い学校もあり、子どもたちの精神も落ち着いたとデータが出ていると思います。少子化になっている今、1人1人に行き届いた教育をするために、統廃合は止めてください。住人の避難所でもあると思うのですが、そこも考えると統廃合は、すべきではありません。
(149) 公務員削減・教職員削減が本当の目的です。「学校配置の適正化」(学校統廃合)に対する市民の反対の声が各地域で湧き上がりました。小規模校では子どもたちにゆきとどいた教育が行われています。保護者、地域住民にも支持されています。「小規模校のデメリット」に教育学的根拠はありません。「学力」も高く、大規模校でいじめや不登校が多いことが報告されています。偽りの、教育学的根拠のない理由で学校統廃合を強行するのはやめるべきです。
教育委員会は2025年4月「学校配置の適正化の推進のための指針」を改正し、保護者や住民の反対の声があっても統廃合を強行する方針を改めて示しました。「しかしながら、保護者や地域住民等の主体性に委ねた進め方では関係者間の意見がまとまりにくく、取組の必要性に対する認識が共有されない状況が生じ、協議が長期化することも少なくない状況になった。」学校は、子どもたちは地域に守れて育っています。地域住民の意見を聞かない姿勢は地方教育行政がとってはならないことです。地方教育行政の根本にかかわる重大な「改正」を認識し、学校統廃合を止めるべきです。
(151) 特に小学校の統廃合について「学校配置の適正化」というが何が適正なのかどこが適正なのかが分からない。小規模校だからこそのゆきとどいた教育が行なわれ、地域に守られ支えられて学校運営もより豊かに進められていることと思います。「切磋琢磨」は程よい環境の中でこそ互いに高め合えるものです。人数が多くなり、競争力を養うことが、本来の学校教育のあり方でしょうか。競争させるより「ひとりも取り残さない」教育が公教育にもとめられているのではないですか。